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追憶

彼と初めて出会ったのは10年以上前、蝦夷鐵馬會がこの世に誕生した頃の事だ。




旅団長の呼び掛けに応じて集まったメンバーは50人位居たと思う。

そして彼はその中のひとりだった。

俺は当時、ほぼ同時期に立ち上がった別のチーム(と言っても2人だけだったが)に所属していたが、偶々初顔合わせのツーリングが蝦夷鐵馬會との合同ツーリングとなり、その時に知り合った。



当時の俺の愛車はカワサキGPX750R。




その日は土地鑑のある俺が先頭を走ったのだが、マイペースで走り続け、気付いたら何人かしか付いて来ていなかった。

彼は、その時付いて来た数人の内の1人で、「あんたペース速すぎだ」って話し掛けてきたのを覚えている。

「いつも1人で走ってきた。俺は今日が初めて他人と一緒に走ったんだ」と返したら驚いていたのを思い出す。




それが彼と最初に交わした言葉だった。




それ以降も蝦夷鐵馬會のツーリングにはゲストで参加し、その度に先頭を走ってはペースメーカーになっていた。


次第に同じペースで走れる者たちが固まり始め、同時にペースについてこれない人はチームからフェードアウトして行った様だ。



俺が正式に蝦夷鐵馬會のメンバーとなったのはその頃の事だが、彼が蝦夷鐵馬會と疎遠になっていったのもその頃の事だと思う。



彼は決して遅くはなかったが、丁度その頃から彼は蝦夷鐵とは別のベクトルで活動を始め、ミスターバイク誌で参加者を募って道の駅マオイで真夜中のミーティングを企画したり、ゲリラキャンプを行ったりしていたが、俺も呼ばれては良く参加していた。



蝦夷鐵馬會がライダーズミーティングin寿都に関わるようになった頃、蝦夷鐵のメンバーは俺を含め5人に減っていたが、彼はメンバーから外れても、陰から各メディアに寿都ミーへの参加の呼び掛けをしてくれていたのを俺は知っている。



事実、ライダーズミーティング寿都には常連として今まで必ず参加してくれていた。



今でこそライダーズミーティングin寿都はテント持参が増えたが、それはアウトドア派でキャンプが好きな彼が先駈けだと言っても過言ではないだろう。








そんな彼が死んだ。







また来年も寿都で会おうと約束したまま、旅立っていった。

今でもまだ信じられない。俺のマイミクリストにも、彼のハンドルがそのまま残っている。







.....昨年の寿都で決めた事があった。




これはごく近しい数人にしか打ち明けていない事だが、実は、昨年限りで「寿都」の主催者を降り、今後の運営は誰か他の人に任せるつもりでいた。

参加者が100人を超えた事での達成感による一種の「燃え尽き症候群」なのだろう、昨年の6月、寿都の準備が始まる時期に「また寿都か....」と思ってしまった自分への不信感が拭えなくなったのがその理由だった。



そんな俺の気持ちを見透かしていたかのように、彼が遺した遺書には俺へ宛てたメッセージが綴ってあり、そこには「これからもライダーズミーティングin寿都を長く続けていって欲しい。頑張って下さい」といった内容が書かれていた。




俺が寿都を永く続けるかどうかより、自分の人生を永く続ける事を真っ先に考えて欲しかった。



遺書俺宛のメッセージを遺す位なら、電話なりメールで相談して欲しかった。








今年も「ライダーズミーティングin寿都」は、あの風車の下で行われるだろう。



だが、そこに彼の姿を見る事は、もう永遠に無い。
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テーマ : 無題
ジャンル : その他

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Author:ぢょぬぃ
蝦夷鐵馬會のぢょぬぃです。
北海道は札幌市近郊の田舎町から、超不定期更新で気の向くままにいい加減な内容を発信しております。
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